
初めて食べたとき、震えた。
濃い。しょっぱい。なのに、後味は甘い。
箸が止まらなくて、ごはんをおかわりした。二杯目もおかわりした。義母はそれを見て、なんでもないことみたいに笑っていた。
翌朝、起きてすぐに「もう一回作ってください」とお願いした。図々しいと思う。でも、言わずにいられなかった。
岩手県山田町。三陸の海がすぐそこにある町で育った、お義母さんのイカの腑炒り。
腑(ふ)は、イカの肝のこと。
レシピサイトを探すと「イカのわた炒め」という名前で出てくる。
でも山田町の台所では、ずっと腑炒りと呼ばれていた。
だから私も、そう呼ぶことにしている。
材料は、スルメイカが1杯。あとはショウガとみそと酒と砂糖。
それだけ。
それだけなのに、これまで店で食べたどのイカ料理より濃い。
この記事に書いたこと
- スルメイカ1杯でできる、みそ味の腑炒りの作り方
- 何度か失敗してわかった、生臭くしないためのこと
- ヤリイカでもアオリイカでもだめな理由
- 合わせる日本酒と、合わない日本酒
- 肝を食べる料理だから、知っておきたいこと
先に、この料理のぜんぶを5行で
| 迷うところ | 答え |
|---|---|
| イカの種類 | スルメイカ一択。ほかは肝が足りない |
| 味つけ | みそ。しょうゆより肝の重さが丸くなる |
| 火加減 | 弱火〜中火。強くすると肝は苦く、身は硬くなる |
| 時間 | 炒めるのは5分。さばくところからでも20分 |
| 合わせるもの | 白いごはんと、純米酒のぬる燗 |
しょうゆ味のわた炒めも食べたことがある。あれもおいしい。
ただ、肝の風味がまっすぐ前に出るぶん、人によっては生臭く感じると思う。私も最初はそうだった。
みそは、その重さを包んでくれる。
米こうじの甘みが肝の苦みとぶつからずに、コクだけを残していく。義母がなぜみそを使うのか、自分の家の台所で作ってみて、ようやくわかった。
材料(2人分/スルメイカ1杯)
- スルメイカ……1杯
- ショウガ……1〜2かけ
- 酒……大さじ1
- 砂糖……小さじ2
- みそ……小さじ2
- しょうゆ・塩……各少々(味の調整用)
- 青ねぎ……適量
- サラダ油……小さじ1〜2
調味料は4つしかない。
だから、みそと酒の味がそのまま料理の味になる。手を抜けるところがないとも言えるし、そこさえ押さえれば失敗しないとも言える。
みそだけは、選んでほしい
腑炒りのみそは、味つけというより、肝をまとめる役目をしている。
ここを間違えると、仕上がりが一気に重くなる。私は一度、家にあった辛口の豆みそで作って、後味の濁ったものをこしらえてしまったことがある。
選ぶときの基準は、3つ。
- 米こうじのみそ。甘みが肝の苦みを消してくれる
- 辛口の豆みそは避ける。渋みと肝がぶつかる
- 合わせみそなら甘めのもの。だし入りは砂糖と重なるので控えめに
わが家でずっと使っているのは、富山の日本海味噌の「雪ちゃんの日本海みそ」。
日本海味噌 雪ちゃんの日本海みそ 500g https://amzn.to/4qQcX0g
国産米の米こうじで仕込んだ米みそで、ほんのり甘い。まろやかで、甘すぎず塩辛すぎない、ちょうどいいところに立っている。
腑炒りに小さじ2。それだけで肝のカドがすっと取れて、旨みだけが残る。
味噌汁に使うととけやすくて、朝の忙しい時間に助けられている。腑炒りのために買っても、余らせる心配はしなくていい。
さばく。身とげそと、腑に分ける
皮は剥かなくていい。
墨袋を破らないように気をつけながら、食べない内臓を取り除いて、肝だけを残す。最初は緊張した。今はもう、慣れた。
さばき方は、こちらを見るのがいちばんわかりやすい。分けるとこうなる。

- 身……1〜1.5cm幅の輪切り
- げそ……2〜3等分。吸盤はしごいて取る
- えんぺら……一口大に。入れると食感が楽しい
- 腑……こぼれないように扱って、使う直前まで冷蔵庫へ
水気を拭くと、味が濃くなる
ここでいちばん差がつく。
イカは、思っているよりずっと水分が多い。洗ったあとの水気を残したままフライパンに入れると、そこから水が出て、みそも肝もぜんぶ薄まってしまう。
味がぼやける原因は、たいていこれ。私が最初に作ったとき、義母のあの濃さにならなかった理由も、たぶんこれだった。
キッチンペーパーでも拭ける。ただ一杯まるごとさばくと、何枚も使うことになる。しかも途中で破れる。
だからわが家では、寿司屋が使う吸水紙を常備するようになった。
まぐロール 170枚(ロール状)×2本セット

魚の水分を、ちょうどいい加減で吸ってくれる紙。身を包んで冷蔵庫に入れておくと、ドリップだけが抜けていく。
さばいたイカを夕方まで置いておくとき。冷凍のイカを解凍するとき。そういう場面で本当に助かる。
いまでは刺身の柵も、鶏むね肉も、水切りが必要なものは全部これで包んでいる。170枚が2本。うちでは1年近くもった。
作り方は、火にかけて5分
1. ショウガを炒める
みじん切りにしたショウガを、油をひいたフライパンへ。弱火で、香りが立つまでじっくり。
ここで焦がすと、最後まで苦みが残る。急がない。
2. 腑と調味料を入れる
香りが立ったら、腑を崩しながら加える。酒大さじ1、砂糖小さじ2、みそ小さじ2。
全体が混ざり合うようにまぜる。火は弱火のまま。
みそが溶けて、なめらかなペーストになったら次へ。この瞬間の匂いが、私はいちばん好き。
3. イカを入れて炒める
身とげそ、えんぺらを投入。色が変わって火が入るまで、弱火から中火で2〜3分。
イカが白くなって、身がプリッと反ってきたら火が通っている。
4. 味をととのえる
味見をして、薄ければしょうゆと塩で調整。青ねぎをかけて、できあがり。

私が何度か失敗して、わかったこと
腑は冷やしておく。 ぬるくなると生臭さが出る。使う直前まで冷蔵庫。これを守るだけで、仕上がりがまったく変わった。
火を強くしない。 腑は焦げると苦い。イカは加熱しすぎると硬い。弱火から中火で、短く。
げその水気は必ず拭く。 水っぽいと、ぼやける。
イカは最後に入れる。 先に腑と調味料をなじませておくと、炒める時間が短くて済む。だから硬くならない。
そして5つめ。これがいちばん、見落とされていると思う。
生臭さを消していたのは、酒だった
腑炒りが生臭くなる原因は、鮮度と火加減。そう思っていた。
でも、もうひとつあった。酒。
スーパーの棚に並んでいる安い「料理酒」の多くは、加塩料理酒というもの。食塩を加えることで、お酒として扱われないようにしてある。つまり、こちらが意図しない塩分が料理に入ってくる。
みそと砂糖で味を組み立てる腑炒りでは、その誤差がそのまま味のブレになる。
いま使っているのは、岐阜の白扇酒造の純米料理酒。
福来純 純米料理酒(720ml)

原材料は、米と米麹だけ。食塩を加えていないので、酒税法のうえでは日本酒にあたる。
蔵元に伝わる「もち米四段仕込み」で長期発酵させていて、酵母が生むアミノ酸の旨みがたっぷり入っている。この旨みが肝の生臭さを抑えて、コクだけを残してくれる。
料理酒はなんでもいい派だった。
これを使ってから、他のに戻れなくなった。腑炒りだけじゃない。煮物も、炒め物も、味が1段、いや3段くらい上がる。
そしてこの酒、そのまま飲める。腑炒りを作って、同じ酒を燗にして、その場で合わせる。調味料と肴を1本でまかなえてしまうので、720mlはあっという間に空になる。
スルメイカでなければ、この味にはならない
腑炒りは、肝が主役の料理。
だからイカの種類は選ぶ。ここだけは、譲れない。
日本で売られているイカのなかで、調理に使えるほど肝が大きいのは、スルメイカだけと言っていい。
| イカの種類 | 肝 | 腑炒りに |
|---|---|---|
| スルメイカ | 大きくてふっくら | ◎ これ一択 |
| ヤリイカ | 小さい | △ 量が足りない |
| ケンサキイカ | 小さい | △ 量が足りない |
| アオリイカ | 小さい | × 身を刺身で食べたい |
| コウイカ | 小さい | × |
塩辛がスルメイカで作られるのも、まったく同じ理由。あの肝の量と濃さは、ほかのイカで代わりがきかない。
旬は夏から秋。肝がいちばん大きくなるのも、この季節。
スーパーで、いいイカを選ぶ
「イカ」として一杯まるごと売られているものは、たいていスルメイカ。
それでも迷ったら、ここを見る。
- 胴が太くて、丸みがある
- ヒレ(えんぺら)が、胴に対して小さい三角形
- 目が澄んでいて、白く濁っていない
- 表面が茶褐色。透明で白いものより、色の出ているほうが新鮮
肝を食べる料理だから、鮮度はいつもより1段きびしく見る。
この日だけは、一杯500円払ってでもいいものを選ぶ。そのぶん、味がまっすぐ返ってくる。
夫と子どもが喜んだ、食べ方
バターを落とす。 仕上げに10gほど。コクが出て、一気にごちそうの顔になる。子どもも食べやすくなった。
チャーハンにする。 余ったらごはんに混ぜて炒める。翌日のお昼がこれになる日、私はけっこう嬉しい。
七味をふる。 濃厚な味に辛みが入ると、盃がすすむ。
卵黄を落として、丼に。 腑炒り丼。夫がいちばん喜ぶ食べ方はこれ。
義父は、これが出ると黙って燗をつける
初めて食べた日、義父が席を立って台所に行った。
戻ってきたとき、手には徳利があった。なにも言わない。ただ、腑炒りが出たら燗をつける。それがこの家の順番なんだと、あとから知った。
腑炒りは、ごはんのおかずであると同時に、完成された酒の肴でもある。
肝のコク。みその塩気。砂糖の甘み。この3つが揃っているから、日本酒に押し負けない。
合わせるなら、純米酒のぬる燗
いちばん好きなのは、純米酒を40〜45℃のぬる燗にして合わせる飲み方。
肝の脂は、冷たい酒だと口のなかに残る。温めた酒は、その脂をすっと流してくれる。だから次のひと口が、また濃く感じられる。
米の旨みと肝の旨みが重なって、味が足し算になっていく。
冷やで飲むなら、生酛(きもと)や山廃の純米酒。酸のしっかりある酒は、肝の重さを切ってくれる。
合わないのは、実は高い酒
意外かもしれない。香りの華やかな大吟醸は、合わない。
フルーティーな吟醸香と肝の香りがぶつかって、どちらも損をする。せっかくのいい酒がもったいない。
腑炒りに必要なのは、香りではなく旨みと酸。値札の高さと相性が一致しない、珍しい料理だと思う。
| タイプ | 相性 | 理由 |
|---|---|---|
| 純米酒のぬる燗 | ◎ | 米の旨みが肝と重なる。脂を流す |
| 生酛・山廃の純米 | ◎ | 酸が肝の重さを切る |
| 本醸造の熱燗 | ○ | 軽やかに流したいときに |
| 大吟醸・吟醸 | △ | 吟醸香と肝の香りがぶつかる |
| 淡麗辛口の冷や | △ | 味の濃さに負ける |
三陸の料理には、三陸の蔵の酒
義母から教わった料理だから、私は岩手の酒を合わせたくなる。
なかでも赤武酒造の「AKABU」には、思い入れがある。

もともと山田町の隣、大槌町で明治29年から続いていた蔵だった。東日本大震災の津波で、蔵も社屋も流された。2013年に盛岡へ移り、「復活蔵」と名づけた場所で酒造りを再開している。
岩手県産米で仕込んだ純米酒は、みずみずしい。後味の酸が、きれいに切れていく。魚介と合わせるために生まれたような酒だと思う。
三陸の海の料理に、三陸の蔵の酒。
理由としては単純すぎるかもしれない。でも、私にはそれで十分だった。
盛岡の「あさ開」、二戸の「南部美人」も手に入りやすくて、外さない。
お酒を飲まない日は
炭酸水にレモンを搾ったもの。冷たい麦茶。あとは、よく冷えたビール。
腑炒りは、そのどれとも喧嘩しない。
肝を食べる料理だから、書いておきたいこと
イカには、アニサキスがいる。
厚生労働省は、加熱なら70℃以上(60℃なら1分以上)、冷凍なら−20℃で24時間以上で死滅するとしている。酢じめや塩、しょうゆ、わさびでは死なない。
腑炒りはしっかり火を通す料理だから、中心まで加熱すれば問題ない。
気をつけたいのは、火を入れる前に味見をしないこと。混ぜている途中の生の肝を舐めたくなる。あの匂いを嗅ぐと、本当に。でも、そこはがまん。
もうひとつ。アニサキスは魚が死ぬと内臓から筋肉へ移ることが知られているので、買ったらできるだけ早く内臓を取り除く。
つまり、買ってきたその日に作るのがいちばんいい。
保存は冷蔵で翌日まで。作りたてが、いちばんおいしい。
こんな人に、作ってほしい
- スルメイカを一杯買ったけれど、肝の使い道がわからない
- しょうゆ味のわた炒めを作って、生臭さが気になった
- 塩辛は作るのが面倒。でも、あの濃さは食べたい
- 日本酒に合う肴を、家で作れるようになりたい
- 燗酒の季節に、すぐ出せる一品がほしい
- 郷土料理を、自分の台所で作ってみたい
ひとつでも当てはまるなら、今日スルメイカを買ってきてほしい。
よくある質問
Q. ヤリイカやアオリイカでも作れますか?
肝が小さすぎて厳しいです。腑炒りはスルメイカで。アオリイカが手に入ったら、刺身にするのがいちばんおいしい食べ方だと思っています。
Q. 冷凍のイカでも作れますか?
作れます。肝は鮮度が落ちやすいので、船上で急速冷凍されたものを選ぶと安心です。解凍したら水気をしっかり拭いてください。冷凍イカは水がたくさん出るので、吸水紙で包んで冷蔵庫でゆっくり解凍するのがおすすめ。
Q. 生臭くなってしまいました。
考えられるのは4つ。肝がぬるくなっていた。鮮度が落ちていた。げその水気を拭かなかった。酒が足りなかった。次に作るときは、肝を冷蔵庫から出す時間をできるだけ短くして、酒を少しだけ増やしてみてください。
Q. 肝が苦くなりました。
火が強すぎます。腑は焦げると苦みが出ます。ショウガを炒めるところから最後まで、弱火を意識してください。
Q. みそは何でもいいですか?
米こうじの甘めのみそなら、だいたい合います。避けたいのは辛口の豆みそ。渋みが肝とぶつかって、後味が濁ります。
Q. どんな日本酒を買えばいいですか?
純米酒を選んで、ぬる燗にしてください。銘柄で迷ったら、生酛や山廃と書いてあるものが外れにくいです。大吟醸は香りが強すぎて、肝とぶつかります。
Q. 冷酒でも大丈夫ですか?
大丈夫です。ただ肝の脂が口に残りやすいので、酸のしっかりした純米酒を選んでください。淡麗辛口を冷やで合わせると、料理の濃さに酒が負けます。
Q. 子どもも食べられますか?
味が濃くて肝の風味も強いので、好みは分かれます。わが家では砂糖を少し増やして、身とげそだけ先に取り分けています。バターを落とすと食べやすくなります。
Q. 日持ちしますか?
冷蔵で翌日まで。作りたてがいちばんおいしいです。
Q. 「腑炒り」って、一般的な呼び方ですか?
三陸の家庭で使われている呼び方です。全国的には「イカのわた炒め」「イカワタ炒め」「共肝炒め」、北海道では「イカゴロ炒め」と呼ばれます。同じ料理と思ってください。
Q. 肝が余ったら?
塩をふって1時間ほど冷蔵庫に置き、水で洗って水気を拭くと、臭みの少ない肝になります。それをしょうゆと酒で伸ばせば肝じょうゆ。ゆでたじゃがいもや大根にかけるだけで、おいしいです。
この料理に使っているもの
腑炒りは、材料が少ない。
だからこそ、ひとつひとつがそのまま味になる。私が実際に台所に置いているものを、3つだけ。
日本海味噌 雪ちゃんの日本海みそ 500g

味の骨格をつくるみそ。国産米の米こうじで仕込んだ、まろやかで少し甘い米みそ。肝の苦みを丸くまとめてくれる。腑炒りに使うのは小さじ2だけれど、味噌汁でもすぐ減っていく。
福来純 純米料理酒(日本酒 岐阜県 720ml)

米と米麹だけが原料の料理酒。食塩を加えていないので、味つけを自分で決められる。アミノ酸の旨みが、肝の生臭さを消してくれる。料理酒はなんでもいい派だったけど、これを使ってから他のに戻れなくなった。料理の味を1段、いや3段くらい上げてくれる。残りは燗にして、そのまま腑炒りと合わせられる。
まぐロール 170枚(ロール状)×2本セット

捌いたイカを数時間後に使うときや、冷凍イカを使うときに便利なペーパー。水分を適度に吸収してくれるので、おいしく保存・解凍できる。刺身の柵や鶏むね肉の水切りにも、毎日使っている。
おわりに
スルメイカを1杯買う。肝を残してさばく。ショウガを炒めて、肝とみそと酒と砂糖を入れて、身を入れて、5分。
たったそれだけ。
それだけで、店では出会えない濃さのおかずができる。
義母は「これ、うちのごはんだよ」と言いながら作っていた。特別な料理じゃない、という顔で。
でも私にとっては、あの日から忘れられない味になった。結婚してよかったことをひとつ挙げるなら、この料理を知れたこと。本気でそう思っている。
スルメイカが安く並ぶ季節になったら、ぜひ一度。
ごはんを多めに炊いて、純米酒を一本、冷蔵庫から出しておいてください。
■この記事を書いた人
さこり
小学生と保育園児の子育てをしながら、暮らし・子育て・商品レビュー・副業体験を発信しています。 「好きなものだけで暮らしたい」をテーマに、実際に使ってよかったものをリアルな体験とともに紹介しています。
本記事はAmazonアソシエイト・プログラムの参加者として、紹介料を得ています。商品の価格・在庫状況は記事公開時点のものであり、変動することがあります。

コメント