
台所に立つのは、夕方の五時ごろ。
窓の外がゆっくり暗くなっていく時間に、じゃがいもの皮をむく。
指先が冷たい。切ったそばから水に落とすと、ぽとん、と音がする。
母もこの音のなかにいたのだと、大人になってから思うようになった。
肉じゃがは、うちでは特別な料理じゃない。
特別じゃないから、味がぶれるとすぐにわかってしまう。
「今日はちょっと甘いね」と言われる日があって、そういう日は自分でもわかっている。
順番を間違えた日だ。
甘味を先に入れて、塩味はいちばん最後に入れる。
それだけを守るようになってから、私の肉じゃがはいつも同じ顔で食卓に出てくるようになった。
ふたを開けると、湯気と一緒に甘い匂いが立ちのぼる。
台所の入口から「今日、肉じゃが?」と声がする。
匂いだけで当てられると、ちょっとうれしい。
この記事に書いてあること
- 砂糖を先、醤油を最後にすると味がぶれなくなる理由
- じゃがいもが煮崩れない切り方と、炒める工程の意味
- 牛肉をかたくしない入れどき(最後の5分だけ)
- 味を安定させている調味料4本と、火加減で悩まなくなる鍋
肉じゃがの味が決まらない原因は、たぶん分量じゃない
レシピどおりに作ったのに実家の味にならない、という話をよく聞く。私もそうだった。
黄金比を探して、みりんを大さじ1増やしたり、砂糖を減らしたりしていた時期がある。
ノートに書いて記録もした。それでも、作るたびに味が違った。
変わったのは、分量ではなく入れる順番を直した日だった。
思い当たるものがあれば、順番の問題かもしれない。
- 甘いのかしょっぱいのか、輪郭のぼんやりした煮物になる
- 表面だけ味が濃くて、じゃがいもの中は素っ気ない
- 味見のたびに醤油を足して、最後にしょっぱくなる
- 牛肉がかたくて、噛むと繊維だけ残る
なぜ甘味が先で、醤油が最後なのか
砂糖はゆっくり、醤油はすぐに入る
砂糖の分子は大きくて、じゃがいもの中にはゆっくりしか入っていかない。
塩や醤油の分子は小さいので、あっという間に入る。
先に醤油を入れると、いもの表面が締まる。
締まったあとから砂糖を足しても、甘味は中まで届かない。
表面だけしょっぱくて、中は味のしない肉じゃがになる。
「さしすせそ」は語呂合わせのように見えて、ちゃんと理屈がある。
だから甘味を先に20分。そのあとで醤油。
順番を入れ替えるだけで、同じ材料が別の料理になる。
牛肉は最後の5分だけ
もうひとつ。牛肉は最後の5分だけ煮る。
長く煮ると肉がかたくなって、うま味が全部だしの方へ逃げてしまう。
肉のやわらかさを取るか、煮汁の濃さを取るか。私は肉を取った。
先に肉を炒めるレシピも多いけれど、うちはやらない。
肉のうま味は煮汁に移らなくていい。
じゃがいもは煮汁の味を吸うから、結果として全体はちゃんとまとまる。
この記事の順番を、先に書いておく
- じゃがいもだけを炒める
- にんじん・玉ねぎ・糸こんにゃくを足す
- 甘味の煮汁で20分
- 醤油を入れて5分
- 牛肉を入れて5分
覚えるのはこれだけ。分量は下に書くけれど、そのうち自分の家の分量になっていく。
材料(4〜5人分)
- じゃがいも 5個
- にんじん 2本
- 玉ねぎ 大2個
- 糸こんにゃく 1袋
- 牛肉 300gほど
- 油 適量
煮汁
- 水 2カップ
- 酒 大さじ1
- みりん 大さじ3
- 砂糖 大さじ2.5
- ざらめ 小さじ1
- 茅乃舎だしパック 1袋
- 醤油 大さじ5
ざらめは小さじ1だけ。少量でも、コクの出方がまったく違う。
作り方
1. 切って、水にさらす
じゃがいもは1個を2〜3等分にして、水に浸しておく。にんじんは乱切り、玉ねぎはくし切り。
じゃがいもを大きめに切るのは、煮崩れさせないため。あとで20分煮るので、小さいと形が残らない。水にさらすのは、表面のでんぷんを流して煮汁を濁らせないため。5分で充分。
2. じゃがいもだけを先に炒める
鍋に油を敷いて、じゃがいもを炒める。まわりがうっすら透明になるまで。
この工程で表面に油の膜ができて、煮ても崩れにくくなる。
急がずに、ここは待つ。ここを飛ばした日は、20分後にじゃがいもの角が全部丸くなっていた。
3. にんじん、玉ねぎ、糸こんにゃく
にんじんと玉ねぎを加えて2〜3分。糸こんにゃくもここで入れる。
糸こんにゃくは下ゆで不要のものならそのまま。
玉ねぎは炒めすぎない。20分煮るあいだにとろけていくので、ここでは角が残っているくらいでいい。
4. 煮汁を入れて20分
水2カップ、酒大さじ1、みりん大さじ3、砂糖大さじ2.5、ざらめ小さじ1、茅乃舎のだしパックを1袋。
アルミホイルで落としぶたをする。沸騰したら弱火にして20分。
ここで醤油はまだ入れない。ここが全部だと言ってもいい。
5. 醤油を入れて、さらに5分
醤油を大さじ5。落としぶたはそのまま、弱火で5分。
台所の匂いが一気に変わる瞬間がここ。甘い匂いの上に、醤油の香ばしさが乗る。
6. 牛肉を入れて5分
落としぶたを取って、牛肉を入れる。弱火のまま5分。
最後に味をみて、足りなければ醤油で整える。甘味は足さない。この段階で砂糖を入れても、もう中までは入っていかない。
火を止めたら、できれば30分置く。冷めていく時間に味が入る。すぐ食べるより、確実においしい。
味を決めているのは、結局のところ調味料
材料が5つしかない料理は、調味料の質がそのまま出る。肉じゃがは特にそう。
隠せるものが何もない。だしとみりんと砂糖と醤油、それだけで味が決まってしまう。何年かかけて、この4本に落ち着いた。
砂糖:冷めたときに甘さだけ浮くなら
大東製糖 からだにやさしいお砂糖
上白糖で作ると、翌日に食べたとき甘さだけが表に出てくる。
温かいうちはわからないのに、冷めると気づく。あの浮いた感じが、ずっと気になっていた。
これはさとうきび100%の砂糖で、色は三温糖に近い。
甘さの角が立たないので、冷めても味がまとまったままでいる。メーカーはヒト臨床試験でGI値53と表示しているけれど、私が選んでいる理由は味のほうだ。
普通の砂糖と同じように使える。コーヒーにもお菓子にも、置き換えるだけ。
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みりん:みりん風調味料と本みりんは、別の調味料
福来純「伝統製法」熟成本みりん
岐阜の白扇酒造がつくる本みりん。原料はもち米と米麹と米焼酎の3つだけ。90日かけて仕込んで、そこから3年寝かせる。色は琥珀色で、なめるとリキュールみたいに甘い。
みりん風調味料しか使ったことがなかった頃は、みりんを「照りを出すもの」だと思っていた。違った。本みりんは甘味とうま味を両方入れる調味料だった。
| 三年熟成本みりん(福来純) | 一般的な本みりん | みりん風調味料 | |
|---|---|---|---|
| 主な原料 | もち米・米麹・米焼酎 | もち米・米麹・醸造アルコール・糖類 | 水あめ・糖類など |
| 仕込み〜熟成 | 90日仕込み+3年熟成 | 40日ほど | 熟成なし |
| アルコール分 | 13〜14度 | 14度前後 | 1%未満 |
| 煮物での働き | 甘味・うま味・照り | 甘味・照り | 主に照りと甘味 |
大さじ3で、砂糖を足さなくても甘いと感じる日がある。500mlで10回ぶんくらい。煮物を週に一度作る家なら、2か月以上もつ。
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料理酒:食塩が入っているものを使っているなら
福来純 純米料理酒
スーパーの料理酒には、たいてい食塩が入っている。飲用の酒として売らないための処理で、味の都合ではない。塩が入っていると、こちらで塩加減を決められなくなる。
これは食塩無添加。大さじ1しか使わないのに、入れる日と入れない日で、牛肉の匂いの残り方が違う。
720mlで、うちは3か月ほど。日本酒で代用してもいいけれど、飲む酒を大さじ1のために開けるのは、私にはもったいなかった。

醤油:最後の大さじ5を、まるごと預ける
びはんコーポレーション 山田の醤油
岩手県山田町の醤油。大正時代に生まれて、昭和に一度途絶えて、平成に入ってから復活した。漁師町の醤油なので、もともとは刺身に合わせるためのもの。
甘い。濃口なのに、しょっぱさが前に出てこない。食塩相当量はメーカー表示で100mlあたり13.7g、一般的な濃口より控えめになっている。
だから大さじ5でちょうどいい。この分量が多く見えるのは、うちがこの醤油を使っているから。ほかの濃口醤油に替えるなら、大さじ4から始めて最後の味見で足すほうがいい。
煮物に使うために買ったのに、いまは卵かけごはんにも同じものを出している。1L×2本セットで買って、切らさないようにしている。

4本全部は、いきなり買わなくていい
一度に揃えると1万円近くになる。私も何年かかけて順番に入れ替えた。
肉じゃがの味を変えたいなら、効く順番はこう。
| 優先 | 買うもの | 変わること |
|---|---|---|
| 1本目 | 醤油 | 味の輪郭がはっきりする。変化がいちばんわかりやすい |
| 2本目 | 本みりん | 甘味に厚みが出て、照りが変わる |
| 3本目 | 砂糖 | 冷めたとき、翌日の味が落ちなくなる |
| 4本目 | 料理酒 | 肉の匂いが消える。効果は地味だけど確実 |
醤油からにしたのは、最後に大さじ5入れるものだから。いちばん量を使うものを替えると、いちばん大きく変わる。
ざらめは製菓材料売り場のもので充分。家にあるなら、それを小さじ1。
煮崩れの半分は、鍋のせいだった
弱火で20分、と書いたけれど、鍋によって「弱火」の意味は変わる。
薄い鍋だと、弱火にしてもぐらぐら煮立ってしまう。
対流でじゃがいもがぶつかって、角が取れていく。
私が煮崩れを気にして鍋のそばに立っていたのは、鍋のせいだった。
バーミキュラ 鋳物ホーロー鍋 22cm オーブンポット2
厚みのある鋳物ホーロー鍋は、いったん温まると火をかなり絞っても温度が落ちない。ことこと、静かに煮える状態がずっと続く。
フタと本体のすき間が0.01mm精度で合わせてあるので、蒸気が逃げない。水2カップで20分煮ても、煮汁が煮詰まりすぎない。落としぶたと合わせると、じゃがいもがほとんど動かないまま火が通る。
オーブンポット2になって、22cmは30%軽くなった。前のモデルを持ったことがある人なら、この差は大きいと思う。
正直に書くと、肉じゃがのためだけに買う鍋ではない。3万円台の鍋だし、うちが元を取ったのは無水カレーとごはんと、鶏の丸焼きを作った日だった。煮崩れだけが悩みなら、いま持っている鍋で厚手のものを探すほうが早い。
それでも、煮物を毎週作る家なら10年使う道具になる。
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こんな人におすすめ
- 肉じゃがの味がいつも決まらない
- 甘いのかしょっぱいのか、ぼんやりした煮物になってしまう
- じゃがいもが煮崩れて、いつも形がなくなる
- 牛肉がかたくなってしまう
- レシピどおりに作っているのに、実家の味と違う
- みりん風調味料と本みりんの違いがよくわからないまま使っている
- 調味料を一度ちゃんと選び直したいと思っている
ひとつでも当てはまるなら、順番を変えるだけで解決するかもしれない。それでも決まらないなら、たぶん調味料のほうだ。
よくある質問
Q. 豚肉でも作れますか
作れる。入れるタイミングも同じで、最後の5分。豚バラなら甘味との相性がいいので、砂糖を少し減らしてちょうどいいくらい。
Q. 茅乃舎のだしがないときは
顆粒の和風だしなら小さじ2ほど。昆布と削り節でとっただしを水の代わりに使ってもいい。だしパックは袋のまま入れて、最後に取り出す。
Q. 落としぶたはアルミホイルでいい?
いい。ホイルを鍋の直径より少し小さく切って、真ん中に穴をあけるだけ。木の落としぶたより軽いので、じゃがいもを押しつぶさない。
Q. ざらめは省略できる?
省略しても成立する。ただ、ざらめを入れた日と入れない日では、翌日の味が違う。小さじ1のためだけに買う価値はある。
Q. 醤油大さじ5は多くないですか?
水2カップに対しての量で、うちは甘口の醤油を使っている。一般的な濃口を使うなら大さじ4から始めて、最後の味見で足すといい。減らすのは簡単だけれど、入れすぎたら戻せない。
Q. みりん風調味料でも作れますか?
作れる。ただ、みりん風調味料はアルコールがほとんど入っていないので、甘味は入っても肉の匂いを消す働きはない。その場合は料理酒を大さじ1しっかり入れてほしい。
Q. じゃがいもはどの品種がいいですか?
男爵だとほくほくするけれど崩れやすい。メークインは煮崩れしにくくて、この作り方とは相性がいい。うちは手に入るほうを使って、男爵の日は炒める工程を長めにしている。
Q. 圧力鍋で作れますか?
作れるけれど、この順番は活きない。圧力をかけると短時間で全部入ってしまうので、甘味を先に20分という工程の意味がなくなる。急ぐ日なら圧力鍋、味を決めたい日なら普通の鍋。
Q. 作り置きできますか?
翌日のほうがおいしい。冷ますあいだに味が中まで入る。冷蔵で3日ほど。じゃがいもは冷凍に向かないので、冷凍するなら具を取り出して煮汁だけにする。
Q. 甘さを控えめにしたいときは?
砂糖を大さじ2に減らして、みりんはそのまま。みりんの甘味は角がないので、減らすなら砂糖のほうから。ただし減らした日は、翌日の味も薄くなる。
順番だけ、覚えて帰ってほしい
材料も分量も、そのうち自分の家の分量になっていく。
でも順番だけは変えないでほしい。甘味を先に、塩味を最後に。
これは肉じゃがだけの話じゃなくて、かぼちゃの煮物でも筑前煮でも同じ。砂糖を先に入れる癖がつくと、煮物全体の味が変わる。
そのうえで、まだ味が決まらないなら調味料を疑ってほしい。私は5年かけて1本ずつ入れ替えて、そこでようやく「いつも同じ味」にたどり着いた。
今日の夕飯に、ひとつ。
今日使った調味料と鍋
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1本だけ選ぶなら、醤油から。
■この記事を書いた人
さこり
小学生と保育園児の子育てをしながら、暮らし・子育て・商品レビュー・副業体験を発信しています。 「好きなものだけで暮らしたい」をテーマに、実際に使ってよかったものをリアルな体験とともに紹介しています。
本記事はAmazonアソシエイト・プログラムの参加者として、紹介料を得ています。商品の価格・在庫状況は記事公開時点のものであり、変動することがあります。



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